第59回毒素シンポジウム若手奨励演題

◯��橋 栄造、尾崎　晴香、山下　哲也、岡本 敬の介 （岡山大学大学院医歯薬学総合研究科・薬学系）

　アエロモナスは様々な水環境に常在するグラム陰性桿菌で、しばしば下痢原因菌として単離される。アエロモナスの中でも病原性の強いA. hydrophila、A. sobriaでは下痢症に引き続き、菌が全身へ移行すると筋壊死や蜂巣炎などの皮膚疾患が引き起こされる。これら菌種の研究は近年進められてきたが、下痢原因菌であるA. trotaの病原性に関する解析はあまり進められていない。近年、A. trotaは15~25℃の中温ではプロテアーゼを産生するが、37℃では産生しない事を見いだし、昨年の本会で報告した。本会では、このA. trotaの産生するプロテアーゼについて研究報告する。
　A. trota培養上清のプロテアーゼ活性はセリンプロテアーゼ阻害剤PMSFにより阻害された事からセリンプロテアーゼであると推測された。そこで、A. sobriaでもセリンプロテアーゼ(ASP)の産生に温度感受性が見られるかを調べた。その結果、A. sobriaでは25℃の方が37℃に比べてわずかにセリンプロテアーゼ産生が増加したが、A. trotaで観察された顕著な変化は見られなかった。また、A. trotaの培養上清を抗ASP抗血清を用いてウェスタンブロット分析を試みたが、A. trota培養上清ではバンドは検出されなかった。A. trota培養上清からプロテアーゼを精製し、解析した結果、分子量は64,262.84であり、N末端アミノ酸配列はNEN-Aであった。
　次に、A. trotaのセリンプロテアーゼ遺伝子をショットガン法を用いてクリーニングし、本遺伝子の塩基配列を決定した。推定アミノ酸配列には開始メチオニンから19~23番目にNENCAの配列が存在し、その配列からC末端までの蛋白質の推定分子量は64,286.64であった。また、A. sobriaでは遺伝子下流に活性体構築に必要なシャペロン蛋白質がコードされているが、A. trotaでも同様の遺伝子が存在した。A. trota セリンプロテアーゼ及びシャペロン蛋白質の推定アミノ酸配列をA. sobriaやA. hydrophilaとそれぞれ比較すると、セリンプロテアーゼの相同性は80.5 ~ 83.0%、シャペロン蛋白質の相同性は75.2 ~ 77.8%であった。

○小林秀丈^１、岡本敬の介^２、山中浩泰^１ （¹広島国際大学・薬学部・分子微生物科学教室, ²岡山大学大学院・医歯薬学総合研究科）

【目的】
腸管は栄養分の吸収の他に微生物の侵入を防ぐなどの生体防御器官としても重要な役割を担っている。腸管上皮の物理的なバリア機構は細胞間密着結合 (tight junction; TJ) 、及び接着結合 (adherence junction; AJ) の異なるタンパク質複合体で維持されており、それらはapical junctional complex; AJCと総称されている。Aeromonas sobriaはヒトに下痢症を誘発する原因菌であるが、時に感染病巣である腸管上皮から組織へと浸潤し全身感染症を引き起こす菌であることも知られている。このような全身感染の進展において、A. sobriaの菌体外に分泌されるセリンプロテアーゼ (A. sobria serine protease : ASP)が関与する可能性は十分に考えられる。そこで、本研究ではASPが上皮バリア破壊に寄与するかどうかについて解析した。

【結果と考察】
ASPにおける上皮バリア機能への影響を上皮単層膜抵抗値の測定により行った。種々の濃度のASPを単層膜に作用させ、72時間後までのTERを測定し た。その結果、ASP処理単層膜では未処理のものと比較してTERの低下が観察された。さらに、apical側からのdextran漏出量も同様の結果を 示したことから、ASPは腸管上皮のバリア機能を低下させることが明らかになった。次に、腸管上皮細胞にASPを作用させた場合のAJC関連タンパク質に 対する影響をウェスタンブロットにより解析した。その結果、ASP処理を行った細胞抽出溶液ではZO-1のタンパク質バンドの濃度が未処理のサンプルと比 較して低下していることがわかった。さらに、細胞免疫染色による顕微鏡観察においても、ASP処理サンプルではZO-1タンパクによる蛍光シグナルが減弱 していることが観察された。これらのことから、ASPはTJ構成タンパク質であるZO-1に影響を与え、上皮バリアの破壊を引き起こすのではないかと考察 した。今後、ZO-1低下を導く機構について詳細に解析を行う予定である。

○日吉大貴¹、児玉年央²、本田武司²、飯田哲也¹ （¹阪大・微研・感染症国際研究センター・ゲノム病原細菌学,　²阪大・微研・細菌感染分野）

　腸炎ビブリオは、我が国における主要な食中毒原因菌である。近年、世界各国からも腸炎ビブリオによる集団食中毒の報告が多くなっており、本菌の下痢発症機構の解明に基づく予防法や治療法の確立は重要であると考える。私たちはこれまでに、腸炎ビブリオの２種類のIII 型分泌装置（T3SS1、T3SS2）のうち、T3SS2が本菌の下痢原性に必須であることを明らかにした。しかし、T3SS2依存的な下痢原性に寄与す るエフェクターは不明であった。そこで、本研究では腸炎ビブリオの下痢原性に寄与するT3SS2エフェクターの同定と機能解析を試みた。
　プロテオーム解析によりT3SS2の新規エフェクターとしてVopVを同定し、vopV欠損株をウサギ腸管ループ試験で評価することにより、VopVがT3SS2依存的な下痢原性に必須であることをみいだした。次にVopVの宿主細胞における 標的分子の特定をPull-Down法で試みたところ、精製VopVに特異的に結合するタンパクが認められ、それはβ-actinであることが質量分析に より明らかになった。このVopVのアクチンへの結合は、他のタンパクを介さず、直接結合していることが精製F−アクチンとの共沈試験により確認された。 VopVの構造はN末領域、C末領域および全長の大部分を占めるリピート領域に分けられるが、それらのトランケートタンパクを作製し、F-アクチン共沈試 験で評価することでVopVのF-アクチン結合領域の特定を試みた。その結果、C末領域とリピート領域がそれぞれ独立してF-アクチンに結合することを見 出した。さらに、リピート内に５個ある特定の配列が、F−アクチンに強く結合して、F-アクチンんを安定化することが明らかになった。また、VopVのF -アクチン結合活性は、VopV依存的な下痢原性に必須であることを明らかにした。
　今後、VopVのF-アクチン結合がどのようなに下痢原性につながるのかを解析することにより、いまだ不明な点が多い腸炎ビブリオの下痢発症機構の詳細が明らかになるものと期待される。

○山下　大智¹，田中　良和^1,2，金子　淳³，冨田　典子⁴，太田　信⁴，神尾　好是⁵， 姚　閔^1,2，田中　勲^1,2 （¹北大　生命科学, ²北大　先端生命, ³東北大　農, ⁴東北大　流体研, ⁵山形大　理工）

　院内感染を引き起こすことで知られる黄色ブドウ球菌は，血球細胞の細胞膜に孔を形成する種々の膜孔形成毒素（PFTs： pore-forming toxins）を分泌し，ホストに傷害を与える．PFTsは単量体として分泌され，ターゲット細胞の細胞膜上で多量体化してpreporeと呼ばれる膜孔 中間体を形成した後，劇的な構造変化を起こし，膜貫通領域を細胞膜中に挿入して膜孔（pore）を形成して細胞溶解を引き起こす．黄色ブドウ球菌の PFTsに関する研究の歴史は深く，既に，単量体とporeの結晶構造解析が行われている．しかし，preporeについては，その存在が電子顕微鏡で確 認されているだけで，構造についての詳細な情報は得られていない．そのため，膜孔形成までの一連の動的メカニズムには未だに不明な点が多く，これを解決す るために，preporeの結晶構造解析が切望されている．preporeの構造解析が困難な一因として，preporeが過渡的な中間体であり，安定に 存在できないことが挙げられるが，過去の研究において，黄色ブドウ球菌のPFTsの1種であるγ−ヘモリジンは，Trp178およびArg197に変異導 入すると，安定なpreporeを形成することが明らかになっている．そこで本研究では，γ−ヘモリジンのW178A/R197A変異体を用いて， preporeの結晶構造を決定し，PFTsが膜孔を形成する各々の過程の詳細な結晶構造に基づき，一連の膜孔形成メカニズムの詳細を解明することを目的とした．
　明らかになったprepore の構造は，poreと類似した8量体を形成していたが，膜貫通領域がディスオーダーしている点でporeと大きく異なっていた．これは，preporeへ と会合していく段階で，膜貫通領域以外の部分が構築されることを意味する．これまで提案されてきたpreporeの構造モデルでは，多量体の内部空間に折 り畳まれた膜貫通領域が立体障害を起こすことが問題になっていたが，今回明らかになったpreporeの構造は，この問題を見事に回避している．本研究に より，単量体・prepore・poreの全ての過程の原子レベルの構造が明らかになり，膜孔形成の詳細な機構を解明することが出来た．

○瀬尾忠彦、澤田均、荒木聡彦 （名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻）

　出血性ヘビ毒（ガラガラヘビ:cortalus atrox）から精製された、血管内皮細胞に特異的にアポトーシスを引き起こす因子VAP1(vascular apoptosis-inducing protein 1)はアポトーシス誘起活性に加えて出血活性を有するが、その詳細な作用メカニズムは不明である。またVAP以外のADAMファミリータンパク質に関しても、生理的基質や作用機構に関しては不明な物が多い。
　培養細胞で多く見られるアポトーシスに置いては、細胞は球状(rounding type)になるのに対して、VAP1により誘導されるアポトーシスにおいては培養細胞が粒状(fragmented type)のapoptotic bodyを形成することが知られている。今回このapoptotic bodyがどのように形成されるかを調べるために、apoptosisの様子を経時的に観察し、そのアクチン動態に付いても検討を行った。また、蛇毒によ るapoptosisと形態的に類似したapoptosisを引き起こす化合物を探索し、その化合物に共通する作用機構から、VAP1の作用機構の類推を行った。
　蛇毒によって誘導された血管内皮細胞(HUVEC)のアポトーシスの様子を、経時的に観察したところ、GF飢餓によるアポトーシスではblebの出入の後 に最終的にblebが引き込まれて細胞が球状になるのに対し、蛇毒によるアポトーシスではblebの出入の後に最終的にblebが引き込まれずに細胞が動 かなくなり粒状になるなどの動態が観察された。
　次にVAP1によるアポトーシス と同様な形態変化を経てアポトーシスを起こす化合物を探索した結果、脂質代謝酵素の阻害活性を持つ二つの化合物が見いだされた。この二つの化合物が関わっ ている脂質分子種に着目しその局在性と量的変化を観察したところ、VAP1を加えた細胞とGF飢餓によりアポトーシスを誘導した細胞での量的変化が観察できた。
　このような結果からアポトーシスにおいて細胞が球状になるか粒状になるかの細胞死形態の制御にこのような脂質分子種が関わっていることが考えられる。また、蛇毒ADAMであるVAP1は、そのような機構を制御することができると考えられる

○塩井(青木)　成留実、寺田　成之 （福岡大学・理学部）

　毒腺で作られた蛇毒には、多種多様の生理活性成分が含まれており、それらは生体に対してそれぞれ異なる機能を発揮する。一方、毒ヘビ自身の血液中には、これらの毒酵素成分に対する内在性阻害物質が含まれている。毒素蛋白質の研究は、国際的にも広い範囲で行われているのに対し、抗毒素蛋白質の研究は少なく、特に内在性阻害物質についての論文は数報である。
我々は、ハブ血清中より金属プロテアーゼを阻害する新規の低分子蛋白質(10 kDa)を発見し、その新規蛋白質をSmall Serum Protein(SSP)と命名した。SSPは、一次構造解析より哺乳類PSP94(Prostatic Secretory Protein of 94 amino acids)ファミリーに属する。本研究では、SSPの生理機能を明らかにすることを目的とし、SSPの相互作用分子をハブ毒中、またハブ血清中より同定した。
SSPの機能解析を進める中、ハブ血清中には5種類のSSP(SSP-1~SSP-5)が存在することが分かった。SSP-1, SSP-2, SSP-5の分子量は約10 kDa、一方、SSP-3, SSP-4は6 kDaであった。すべてのSSP群は、ハブ血清中の抗出血因子HSFに結合することが分かった。一方、SSP-1, SSP-4は、ハブ毒アポトーシス誘導蛋白質Hv1と、SSP-2, SSP-5はハブ毒神経毒triflinと、SSP-3は新規金属プロテアーゼflavoraseと高い親和性(K_D=10^-7〜10^-9 M)で結合することが分かった。これらの結果より、SSP群はハブ毒蛋白質に対し異なる特異性を示し、ハブ血清中では同じ蛋白質に結合する特性をもつ分子であることが明らかになった。本講演では、新規蛋白質SSP群について紹介し、SSP群が自己の蛇毒成分に対する防御物質としての働きを担っている分子であることを報告する。

○田中　耕路¹，Koldo Morante², Jose Caaveiro¹, Juan Manue Gonzalez-Manas², 津本　浩平¹ （¹東大・医科学研究所・疾患蛋白工学分野,　²Dept. of Biochem. Mol. Biol., Univ. of Basque Country）

【背 景・目的】
Pore-Forming Toxin(PFT)は、動物の細胞膜に直接結合し小孔を開けるタンパク質である。PFTは水溶液中では単量体の可溶性タンパク質であり、生体膜を構成す る脂質を特異的に認識し、生体膜上で環状の多量体を形成することで、膜に小孔を形成する。本研究ではイソギンチャクActinia fragacea由来のタンパク質fragaceatoxinC(FraC)を用いる。従来、FraCは膜上のスフィンゴ脂質を特異的に認識して、溶血活性を示すと考えられていた。

【方法】
FraC の構造解析をもとに、多量化反応を各ステップで止める変異体を作成する。そして、FraCをリポソームと反応させ、生成物をSEC(サイズ排除クロマトグ ラフィー)により分析することで、FraCの活性化プロセスの各段階を解明し、また活性化において特定の脂質が果たす役割を議論する。さらに、ITCを用 いて、FraCの脂質認識から多量化、小孔形成に至る各ステップの熱力学的特徴をそれぞれ記述する。

【結論】
FraC の脂質膜上での多量化と小孔形成は多段階の反応を経る。我々は変異体解析によって、タンパク質が溶血活性を示すまでに経る構造変化、および多量化のメカニ ズムを解明した。その中で脂質膜への結合は、疎水的な相互作用によってなされた。一方、脂質膜上での構造変化や多量化はエンタルピー駆動により進んだ。こ れは、膜上でのみ反応が進むタンパク質であっても、膜に依存した疎水的相互作用よりむしろ、水溶性タンパク質のように残基特異的な相互作用により膜上での 多量体構造を安定化していることを示している。さらに、FraCの多量化に必要な脂質の構成の検証を通して、FraCは非特異的な脂質への結合を経て特定 の脂質を強く認識することを見出した。