百日咳はボルデテラ属細菌の百日咳菌によって起こる急性呼吸器感染症である。百日咳はけいれん性の咳発作が特徴で、肺炎や脳症を併発するなど重症化して死に至る場合もある。これらの病態は百日咳菌が産生する病原因子の作用の総和によって形成されると考えられるが、そのメカニズムは不明である。本菌の主要病原因子の1つである壊死毒素(dermonecrotic toxin: DNT)は結合領域と活性領域の2つのドメインからなる一本鎖タンパク質毒素で、標的細胞の低分子量GTP結合タンパク質Rhoを活性化する作用を持つ。DNTに感受性を示す培養細胞株は極めて限られていることから、DNT受容体は宿主内で特定の組織に遍在していることが予想された。そこで本研究ではDNT受容体同定を通じてDNTの潜在的な標的組織を明らかにし、その知見から百日咳におけるDNTの役割を解明することを目指した。これまでにCRISPR/Cas9システムを用いたゲノムワイドなスクリーニングを行い、遺伝子xがDNTの毒素作用に必須であることを明らかにした。また、遺伝子xがコードする膜タンパク質XはDNTと細胞膜上で結合することを示唆するデータを得た。これらの結果はXがDNTの機能的受容体であることを示している。そこで、既存のデータベースを検索して発現組織分布を調べたところ、遺伝子xは脳で優位に発現していることがわかった。次に、神経系の細胞に分化誘導できるP19細胞やNTERA-2細胞、グリア腫由来のT98G細胞のDNT感受性を調べたところ、いずれもDNT感受性であることを見出した。DNTが神経系の細胞に作用することを示した例はこれが初めてである。この知見を元に、現在百日咳病態におけるDNTの役割を解析中である。
海面由来毒ポリセオナミドは細胞膜に侵入し、細胞内外のイオンを無選択に透過させて膜電位を消失させることで、毒として機能している。ポリセオナミドが細胞膜にどのように侵入するのか、分子シミュレーションによって可視化することに成功したので、報告する。特に細胞膜へ侵入する方向について、実験をよく再現できている。
単独性カリバチ・ツチスガリを含むアナバチ類は、土の中に巣をつくり、毒針から神経毒を獲物に注入し、様々な昆虫を狩る習性を持っている。しかしながら、単独性のカリバチは社会性のハチ、アリと異なり個体数を集めるのが難しく、これまであまり毒成分の研究は進んでこなかった。我々は日本国内に生息するツチスガリの一種マルモンツチスガリ(Cerceris japonica)に着目し、ここから毒液と毒腺RNAを抽出して質量分析計と次世代シークエンサーによって網羅的に解析した。その結果、モンクモバチ(Batozonellus maculifrons)から発見されているβ-pompilidotoxinの類縁体を、マルモンツチスガリから発見した。現在、これらの類縁体をペプチド合成し、ナトリウムチャネルに対する阻害活性を測定している。
Vibio choleraeには200種を超えるO抗原型が知られているが、世界的に流行する、激しい下痢症コレラの原因菌はコレラ毒素を産生するV. cholerae O1及びO139に限られる。インド コルカタはコレラ流行地域であり、病原性を発揮するコレラ菌は環境水中には生息していると考えられるが、詳しい調査はなされていない。そこで、インド コルカタの環境水から病原性遺伝子を有するV. choleraeを単離し、その病原性状を調べた。
これまでにコルカタ環境水からコレラ毒素Aサブユニット遺伝子ctxA保有V. choleraeを7株単離した。それらのO抗原型は2株がO1で、残りはO14、O26、O124、O152、undeterminableが1株ずつであった。環境水由来O1はコレラ毒素(CT)産生量が高く、ゲノム解析でも臨床由来O1と類似していたことから、患者下痢便から環境へ移行した株ではないかと推測された。一方、NAGビブリオはCT産生量が少量、もしくは産生していなかった。しかし、ウサギ腸管ループ試験で下痢活性を調べた結果、O124、O152は液体貯留を誘導した。また、O124の下痢活性は抗CT抗血清により抑制されたことから、本菌は腸管内でCTを産生し、それにより下痢を生じる事が分かった。ctxA遺伝子の転写量をqRT-PCRで調べた所、いずれのNAGビブリオも遺伝子転写量は極めて低かった。NAGビブリオではctxA遺伝子の発現調節機構の機能不全によりCT産生が低くなっていると考えられる。
大腸菌は、脊椎動物の腸管内常在菌であるが、一部の菌株は健康なヒトに対して明らかな病原性を示す。我々は、ヒトとウシに常在している大腸菌について、大規模ゲノム解読と高精度系統解析を行ったところ、ヒトとウシの常在大腸菌はそれぞれ異なる系統に属することを見いだした。驚くべきことに、ウシ常在大腸菌の様々な亜系統で、志賀毒素や3型分泌装置をはじめ数多くの病原遺伝子が選択的に蓄積されていた。このことから、ウシの体内では、病原因子の獲得が大腸菌の生存に有利になっている可能性が考えられ、このような強い選択圧の元、次々と病原性大腸菌が出現していると考えられる。
Small serum protein(SSP)をコードする遺伝子が含まれたハブゲノムセグメント30,534bpのヌクレオチド配列を解読した。このゲノムセグメントには、5つのSSP遺伝子、PfSSP-4、PfSSP-5、PfSSP-1、PfSSP-2、PfSSP-3がこの順番で並んでおり、そこに含まれる挿入配列の構成および構造が特徴的であることを見つけた。ハブとキングコブラの当該セグメントに挿入されたCR1断片の配置の比較によって、PfSSP-1からPfSSP-2までを含むゲノム断片が逆位を起こしたことを見つけた。PfSSP-5とPfSSP-1との間の遺伝子間領域にはLINEおよびDNAトランスポゾンの挿入によって破壊されたと考えられるいだされたPfSSP-1の遺伝子断片、PfSSP-1?(?)を見つけた。5つのPfSSPは、第3イントロンの挿入L2 LINEまたは第2イントロンの挿入反復配列によって、PfSSP-1、PfSSP-2とPfSSP-5が属するLong SSP、またはPfSSP-3とPfSSP-4が属するShort SSPの2サブグループに分けられた。数理解析はまた、Long SSPサブグループが加速進化と中立進化の2過程で形成されたのに対し、Short SSPサブグループは加速進化で形成されたことを示した。さらに、様々なヘビのSSPのオルソログ解析は、SSPの出現順序がSSP-5、SSP-4、SSP-2、SSP-1そしてSSP-3の順であることを示唆した。加速進化や、転移因子に関する新しい考えも検証したい。
Streptococcus intermedius(SI)は主要病原因子としてヒト特異的細胞溶解毒素“インターメディリシン(ILY)”を分泌する。ILYの産生量は,LacRによって制御されており,SIが保有するグリコシダーゼ(NanA, MsgA)による糖鎖分解産物“ガラクトース”によって増加する。また,ヒアルロニダーゼ(HylA)の産生量もその基質であるヒアルロン酸の分解産物によって増加することを確認したので,その制御機構について報告する。さらに,hlyA遺伝子コード領域の解析を行った結果,その下流にコラーゲン結合タンパク質(Cna)と相同性を示す遺伝子が存在し,オペロンを形成している可能性が高いことがわかった。したがって,ヒアルロン酸の分解産物によって発現制御を受けるHylAやCnaがSIの感染部位での生存に重要な可能性を果たしている可能性が高くなったので,それについての考察を行う予定である。さらに,ILYのレセプター認識性の解析から,ヒト赤血球をジチオスレイトール(DTT)処理するとCD59のILYに対するレセプターとしての機能が消失することを発見したので,DTT処理赤血球を用いて得られた成果についても報告する。
毒ヘビの毒液は,多様な機能をもつタンパク質・ペプチドのカクテルである。これら毒タンパク質がどのような機構で多様性を獲得してきたのか?我々は南西諸島に生息するハブの全ゲノム解読および組織トランスクリプトーム解読により,主要な毒タンパク質であるホスホリパーゼA2, セリンプロテアーゼ, メタロプロテアーゼ, Cタイプレクチン様タンパク質は,加速進化を伴う遺伝子重複のほか,特にメタロプロテアーゼでは選択的スプライシングにより,C末端側ディスインテグリンドメインやCysリッチドメインなどドメイン構造に多様性を持たせる仕組みがあることを明らかにした。本発表では、これら多様な毒生産システムと新たに見出された毒タンパク質のうち、メタロプロテアーゼのディスインテグリンドメインおよびCysリッチドメインについての機能解析についても併せて報告する。
ヒトに感染症を起こすバルトネラ属細菌のうち、Bartonella henselaeとB. quintanaはそれぞれぞれ猫ひっかき病、塹壕熱の原因菌として重要である。また、両菌はいずれもHIV感染などの免疫不全患者に対しては細菌性血管腫を引き起こし、病変部では顕著な血管増生が認められる。in vivoでは、血管内皮細胞にこれらの菌を感染させると細胞増殖が促進される。こうした知見から、バルトネラ属細菌の病原性を理解するためには、菌による血管新生促進機構の解明が最も重要であると位置づけられており、これまでにアポトーシスを抑制するIV型分泌装置とそのエフェクタータンパク質などが同定されている。一方で、菌自体が何らかの血管新生因子を産生することも示唆されてきたが、その本態は現在に至るまで不明であった。我々は、この血管新生を促進させる直接的な要因を明らかにすることを目的に研究を進めてきた結果、最近、血管内皮細胞に対して細胞増殖促進活性および管腔形成促進活性を示す新たなタンパク質を発見した。我々がBafA(Bartonella-derived angiogenic factor A)と命名したこのタンパク質は、血管内皮細胞に作用させると細胞増殖や管腔形成を促進させた。また、濃度依存性を調べた結果、BafAの細胞増殖促進活性はVEGF-Aとほぼ同程度であることもわかった。、次にウサギ抗BafA抗体を作製して中和実験を試みたところ、抗BafA抗体はBafAの細胞増殖促進活性を阻害し、さらにB. henselae感染時に見られる細胞増殖も抑制した。一方、B. quintana由来のBaAホモログにも同様の活性があることも見出した。以上のことから、BafAはバルトネラ属細菌が産生する新規の血管新生促進因子であると考えられた。